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京都地方裁判所 昭和29年(ワ)906号 判決 1957年12月11日

原告 国

訴訟代理人 武藤英一 外五名

被告 株式会社三菱銀行

主文

被告は原告に対し金二、〇八二、一六〇円、及び内金六九四、一六〇円に対しては昭和二五年五月三〇日以降同年六月二日までは日歩五厘の割合、同月三日以降完済に至るまでは年六分の割合による金員、並びに内金一、三八八、〇〇〇円に対しては同月二一日以降同年八月七日までは日歩五厘の割合、同月八日以降完済に至るまでは年六分の割合による金員を支払わなければならない。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告指定代理人等は主文同旨の判決を求め、その請求原因として

一、京都市中京区堺町通押小路下る扇屋町六五三番地訴外瑞穂工業株式会社(以下単に訴外会社と略称する)は、携行ランプケースの製造販売を業とする会社であるが、昭和二五年五月二七日当時、左記の物品税及び源泉所得税計金五、一一七、九八二円を滞納していた。

年度

税目

納期

税額

課税内容

昭和二四年

物品税

昭和二五、二、二八

三九〇、五〇三

昭和二五年一月分第一種丁類物品税申告分

〃二五、三、三一

四四八、二七九

昭和二五年一月分追加及二月分第一種己類物品税申告分

〃二五、二、二八

二、〇〇〇、〇〇〇

昭和二四年第一種丁類物品税申告分

源泉所得税

〃二五、四、二〇

二、二七九、二〇〇

自昭和二三年一二月至昭和二四年一二月給与に対する払込遅延及び一部課税洩分に対する徴収決定分

五、一一七、九八二

二、中京税務署長金子幾治は、右滞納税金を徴収するため、国税徴収法第二十三条の一第一項の規定に基き、昭和二五年五月二七日訴外会社が、被告銀行河原町支店に対して有する、別表第一目録記載の定期預金債権全部を差し押え、該債権差押通知書三通は、同月二九日同支店に送達された。

三、ところが、被告銀行は、同月三一日被告銀行が訴外会社に対して有するところの訴外会社が該手形の裏書人である別表第二目録記載の手形上の債権金三二五、八三九円三〇銭と別表第一目録記載A欄の定期預金(以下A欄の定期預金と略称する。同目録記載B欄及びC欄の定期預金についても以下これに準ずる。)を、又同じく別表第三目録記載の手形上の債権金二二、〇〇〇円とB欄の定期預金を相殺したため、A欄の定期預金の残額は金六九四、一六〇円七〇銭、B欄の定期預金の残額は六七八、〇〇〇円となつた。

四、原告は、訴外会社に代位して(国税徴収法第二三条の一第二項)右A欄の定期預金残金については同年六月二日以降、又B欄の右定期預金残額及びC欄の定期預金七一〇、〇〇〇円については同年八月七日以降、再三に亘り同支店においてこれが支払を請求したが、被告銀行は、これに応じない。よつて、原告は被告に対し、A欄の定期預金残額金六九四、一六〇円、及びこれに対する差押通知書送達日の翌日である同年五月三〇日より支払請求の日である同年六月二日までは日歩五厘の約定利息、支払請求日の翌日である同月三日からその支払済に至るまでは商法所定の年六分の割合による遅延損害金を、又B欄の預金残額金六七八、〇〇〇円、及びC欄の預金七一〇、〇〇〇円、並びにこれに対する支払期日の翌日である同月二一日より支払請求の日である同年八月七日までは日歩五厘の約定利息、支払請求日の翌日である同月八日からその支払済に至るまでは商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。と述べ被告銀行の答弁及び抗弁に対し同抗弁冒頭事実中被告の抗弁するような相殺通知のあつた事実はこれを認める。但し反対債権の存在従つてまた相殺の効力及び相殺残額の点は争う。相殺の自働債権に関する主張中各(1) 乃至(5) については、被告銀行主張の如き旧約定書(乙第一号証)を訴外会社が差し入れていること、旧約定書には新約定書(乙第二号証)の如き買戻条項の明示されていないことを認め、被告銀行が昭和二五年秋以後その主張の如き新約定書を使用していることは敢て争わないが、被告銀行が手形期日前において、手形裏書人に支払停止の虞があると認めるときは、該裏書人に対し同人が買戻をなすことを請求していること、並びに旧約定書使用当時、割引依頼人が債務の履行を怠り、支払停止の虞があると認めたときは、常に期日前の買戻をなすことを請求していたことはいづれも不知、被告銀行の手形割引に際し同時に手形額面と同金額の消費貸借上の債権が発生すること、被告主張の如き特約又は慣習による買戻請求権の存することその他爾余の事実はいづれも否認する。なおたまたま一通の手形が不渡になつたからとて、その他の手形全部につき手形割引依頼人に買戻をなすことを請求できるという如き慣習の存在は、常識的にも首肯しがたいところである。相殺の自働債権についてのその余の主張については、被告主張の手形六通が昭和二五年五月一日から同月二二日までの間に不渡となつたこと、及び右不渡となつた手形上の債権及び別表第四目録記載(七)の手形上の債権が本件差押通知書が被告方に送達される以前に定期預金債権の相殺適状にあつたこと、並びに別表第四目録記載(一)乃至(七)の手形債権を自動債権とする相殺の有効であることは認める。訴外会社が右手形の償還義務について、被告銀行から履行を請求されたにもかゝわらずその履行を怠つていたことは不知、その余の事実は否認する。

元来

一、被告銀行は訴外会社に対して消費貸借上の債権を有していない。

(1)  手形割引の場合には消費貸借が成立するかどうかは、当該手形割引における当事者間の契約によつて定まる問題であるが、特約条項によつて明らかにしない以上一般に手形割引は手形の売買と解されている。これは従来の通説で被告の如き大銀行がそれを知らぬ筈はなく、現に最近の傾向として特約により消費貸借を伴わしめる例が多くなつた。しかし従来銀行はそのような特約をすることなく消費貸借を伴わないものとする見解に従つてきている。即ち被告銀行の新約定書(乙第二号)第三項は割引手形について一定の場合満期前の買戻を請求できるものと定め、もし割引依頼人がこれに応じない時に預金等と相殺し若くは担保物を処分できるものとしている。若し手形割引に消費貸借が伴うものなら直ちに相殺又は担保物を処分でき買戻を先ず請求してかゝる必要は毫もない筈である。これに反し手形割引にも消費貸借を伴うことを前提とした条項はどこにも見当らない。そもそも銀行が手形割引に消費貸借が伴うと主張し出したのは終戦後国税滞納が多くなり、国税の滞納処分の方が一般債権より優先するのでこれに対処するためのもので近時のことである。

(2)  なるほど手形割引も手形貸付も、ともに銀行とその取引先の間における手形を手段とする融資方法である点において、その経済的機能が同一であることはいうまでもないが(割引依頼人も銀行から金融を受けるものであると考えていることは当然である。)、法律上の手段として、取引先が銀行より金銭を借り受け、この消費貸借上の債務の支払を確保するため手形を振り出すという形式をとる場合が手形貸付であり、これに反し、手形を売却しその対価を受領して融資の目的を達する場合が手形割引である。故に手形割引には、その売買契約以外に金銭消費貸借契約が併存し、消費貸借上の債権が成立することは考えられない。

(3)  また、中小企業庁振興部金融課長の照会に対して、法務省訟務局第二課長がした回答(乙第六号証)の趣旨は、手形割引がその経済上の機能において、手形貸付と類似する金融界の実情にかんがみ、中小企業信用保険法の適用については、特に手形割引をも同法の貸付に該当するものと解して政府の保険の対象とし、もつて中小企業者の依頼による手形割引を容易にすることが、中小企業者に対する事業資金の融通を円滑にすることを目的とする同法の立法の趣旨にかなうものであるという趣旨にとゞまり、一般的に手形割引が貸付に該当するものであるという趣旨でないことは、回答文言より明らかであり

(4)  手形割引と手形貸付は、別に特約がなくとも、手形による融資方法という点で、経済機能上同一であり、手形割引の場合でも不渡になつたときは、手形貸付と同様取引先の財産から、融資の回収を図らなければならないことになるのであるから、銀行として手形割引による融資に際し、手形貸付とほゞ同様に信用状況を調査し、担保を差し入れさせるなどの特約をさせることはむしろ当然であり、この種の特約が存するがゆえに、手形割引が法律上金銭消費貸借の性質を兼ね備えるということは、特に消費貸借の性質をももたせることを明確にした別個の特約がない限り、これを認めることができないのである。

(5)  次に、同じく手形を手段とする融資方法であるといつても、融資の回収について、手形割引の場合には、第一義的には割引依頼人たる裏書人以外の第三者(約束手形の振出人等)から回収する建前になつており、それが期日に不渡になつたとき、又期日前と雖も一定の条件が成就したときは割引依頼人たる裏書人に買戻をなすことを請求し得るという特約があるときは、不渡又は一定の条件が成就し割引依頼人に買戻をなすことの請求をしたとき、はじめて割引依頼人たる裏書人本人に請求できるのであつて、それまでは、本人に対し何等の請求権を有しないのである。そして、この将来生ずることあるべき請求権の履行を確保するために、担保の差入等諸種の約定をすることは当然であり、そのために手形割引の法律上の性質まで手形貸付と同一になるものでない。

(6)  不渡手形につき不渡後数日を経過して買戻を請求した場合でも満期の翌日から利息を請求することは、買戻請求が実質において手形法上の償還請求に等しく利率は約定書の特約に基くものであることから生ずる当然の帰結であり、満期前に割引依頼人が買戻の申出をした時銀行が応じなければならぬということは経済的事実上の考え方で特約(再割引禁止)のない限り銀行が必ず応じなければならぬものでない。

(7)  なお、被告銀行は諸種の書類(乙第一、第二号証、第七号証の一乃至九)に基き銀行実務上、商業手形の割引の場合を手形貸付と同様に処理している事実を挙げそれによつて、両者の法律上の性質の類似を根拠づけようとしている。しかし、これも、前記のように手形割引による融資の場合も、手形不渡の場合結局は手形貸付と同様に、その回収を図らねばならぬ以上、自然銀行の実務上の取扱が両者同様になることは敢て異とするに足らず、却つて被告銀行の新約定書第三項において、手形割引の場合に特有な割引依頼人が買戻す旨の特約条項を設けていること、貸出稟議書(乙第七号証の二)には弁済方法という欄が設けられているのに、割引手形稟議書(乙第七号証の一)にはその欄が設けられていないことは、むしろ、手形割引の場合は法律上手形の売買がなされるものと観念され、消費貸借上の債権を伴わないものとして取扱われていることを示すものといえる。

(8)  仮りに、手形を割引く際の処理手続が、被告銀行の主張どおりであるとしても、銀行の帳簿に記載するにあたつては、手形割引と手形貸付は、一般市中銀行において、明確に区別して処理されており、これに対応して銀行の営業報告書、貸借対照表、監査書の調査表、同附属明細書においても、諸貸付金(手形貸付を含む)と割引手形とは明確に区別して記載されている。そして、銀行と取引する者も亦会計帳簿の処理については、手形割引と手形貸付とは明確に区別しているのが通常で、このことは会計学上からは勿論、「企業会計の実務の中に慣習として発達したもののなかゝら、一般に公正妥当と認められたところを要約し」て設定された、企業会計原則に基く財務諸表準則(大蔵省企業会計審議会中間報告)をみても明らかである。

二、次に、仮りに被告主張のとおり、被告銀行と訴外会社との手形取引に消費貸借契約が併存していたとしても、旧約定書第二項に明らかなとおり、その条件充足の事実が発生した場合に於て被告銀行は債権債務の履行期を到来せしめて相殺するか否かの自由を有し、相殺権(形成権)を行使してはじめてその効果を生ずるものであり、また、被告銀行の有する債権は、被告銀行が相殺権を行使するに際してはじめて履行期を到来せしめ得るのであつて、旧約定書第二項の条件充足事実が発生すれば、当然に履行期が到来するものでもなければ、また、相殺の意思表示とはなれて履行期のみを到来せしめ得るものでもない。しかして被告銀行が訴外会社に対して相殺の意思表示をしたのは、本件差押後であることは、被告の認めるところであるから、本件差押時までには、被告銀行が訴外会社に対して有する消費貸借上の債権は、いまだ履行期が到来せず、従つて本件預金債務とは相殺適状になかつたことが明らかである。

三、被告銀行と訴外会社との間の基本約定である旧約定書には、訴外会社が手形を買戻す旨の特約は存しない。何故ならば

(1)  旧約定書は、訴外会社が被告銀行に対する債務について、不履行の事実があるとき、又は被告銀行において債権保全上必要があると認めたときは、被告銀行は訴外会社に対する金銭債権をもつて、その弁済期の如何を問わず、訴外会社の被告銀行に対する預金債権、またその他の債権と相殺することができるという相殺の預約を定めたものであり、

(2)  これに反し、新約定書第三項、第二項は、手形関係人に一定の事由があるとき、被告銀行が割引依頼人に割引手形を買戻すことを請求しうる旨の買戻の特約を定めたものと解されるから、新約定書と旧約定書は同趣旨と解することはできず、むしろ、このような重大、特異、そして技術的な特約は特に明文でその旨が約定されていない限り存在しなかつたものと解すべきである。

(3)  また、旧約定書第二項中の一部字句の訂正は割引手形買戻の特約の根拠となるものではなく、文言上も明らかな如く、相殺をなしうる場合を、債務不履行のほか、債権保全の場合に拡張したにすぎない。勿論手形割引については、銀行は満期日まで割引を依頼した取引先たる裏書人に対し、なんら債権を有しないものであるから、期日前の相殺契約自体無意味であるが、該約定書は手形割引のみならず、手形貸付、証書貸付等すべての銀行取引を目的とする包括契約の書面であるためで、手形貸付等にはこの拡張に意味が存するが、手形割引に関しては無意味なものである。

(4)  次に、仮に被告銀行が、旧約定書による取引先に対しても、割引依頼人が債務の履行を怠り、又は支払停止の虞ありと認めた場合満期日前に手形割引依頼人に手形の買戻をなすことの請求をなし、割引依頼人において、買戻をした事実があつたとしても、それはその時々において、両者の間に新たな合意に基く売買契約が締結された結果にすぎないのであつて、旧約定に基いて買戻がなされたわけではない。

四、次に、仮に旧約定書に訴外会社が手形を買戻す旨の特約が包含されているとしても、被告銀行は訴外会社に対して買戻請求権(被告銀行が訴外会社に対し手形を買戻すことを請求する権利、以下原告の主張においては同じ)を行使していないから、被告銀行主張の如き相殺はできない。何故ならば、

(1)  被告銀行は、本件差押時まで訴外会社に対して、被告銀行が相殺したと主張する手形について訴外会社が買戻をなすことの請求をした事実はなく、元来この買戻請求権なるものは被告の主張する如く被告が訴外会社に対して買戻すことを請求する権利であるならば当然一種の形成権であり、これが直に消費貸借上の請求権類似の割引対価返還請求権であると飛躍して考え得られない筈のものであり該請求権を行使してはじめて手形割引依頼人たる訴外会社は、買戻代金支払義務を負担するのであるから、買戻請求権の行使がない以上、被告銀行は本件差押時に買戻請求権行使に基く代金請求権を取得しているいわれがない。ゆえにこれと預金債務とを相殺できる筈がない。

(2)  また、買戻請求権をもつてしたという相殺の意思表示が、買戻請求権の行使に外ならないとしても、前述の如き理由から、相殺の意思表示をしたときはじめて、買戻代金債権が発生するわけであるから、債権は差押後取得のものとなり、それによる相殺を以て原告に対抗することができない。

(3)  さればこそ、被告銀行は訴外会社に買戻をなすことを請求したという手形について訴外会社に返還することなく、その後各満期日に支払のため呈示し、それらの一部の手形について、手形金を受領しているのである。

五、なお、被告は、別表第四、第五目録記載の手形の他に債権があつたので、相殺の用に供した三三通の手形を訴外会社に返還交付することなく更に留置したというが、被告銀行は他に債権を有していなかつたのであつて、このことは残余額の支払を申し出ているところからも明かである。従つて被告銀行は留置権を行使していたのでなく、買戻請求をしていなかつたからこそ、満期日に本来の手形の支払をうけたのである。と述べ、立証として甲第一乃至第三号証を提出し、証人野崎政之助、同野崎正三(第一、二回)同松田勲、鑑定証人沼幸一郎の各証言を援用し、乙号各証の成立を認めた。

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁として原告請求原因事実のうち、第一、二項全部及び第三項中相殺した事実、並びに第四項中原告が訴外会社に代位して、原告主張の如く被告に請求した事実及び定期預金の約定利息が日歩五厘である事実、更に別表第一目録のA、B、C欄定期預金中A、B欄定期預金の合計したものにつき相殺残額として金一二、二九五円七〇銭、C欄定期預金につき相殺残額として金五三、六九七円七〇銭の限度において各預金の残存することは認めるが、その余の事実はこれを否認する。と述べ抗弁として、原告差押にかゝる別表第一目録記載の各預金は、訴外会社が被告銀行河原町支店より割引をうけた手形取引上の債務その他の共通担保として、昭和二四年一〇月三一日と、同年一二月二〇日に預け入れられたもので、被告の訴外会社に対する昭和二五年五月二七日現在の割引手形残高は金五、二五〇、二九三円二五銭であつたところ、被告銀行は訴外会社に対し、原告の差押後である昭和二五年五月三一日、別表第四目録記載の三〇通の被告銀行の所持する約束手形額面金額計金一、七〇七、七〇四円三〇銭と同額の、被告銀行の訴外会社に対する後記特約及び事実たる慣習による消費貸借上の請求権、仮に然らずとするも、後記特約及び事実たる慣習に基く手形買戻請求債権(被告が請求次第訴外会社が割引手形を買戻したこととなり生じる債権以下被告の主張において同じ)と、別表第一目録中A、Bの訴外会社の両定期預金債権計金一、七二〇、〇〇〇円とを対等額において相殺しこの旨を同年六月五日付内容証明郵便をもつて通知し、該郵便物は翌六日訴外会社に到達した。(相殺残額金一二、二九五円七〇銭)また、その後被告銀行は訴外会社に対し、昭和二八年六月二七日別表第五目録記載の三通の被告銀行の所持する約束手形額面金額中金六五六、三〇二円三〇銭(最後の金一五〇、〇〇〇円の手形は昭和二六年四月二八日金四三、六九七円七〇銭の内入があつたので、これを控除した金額)と同額の、被告銀行の訴外会社に対する後記特約及び事実たる慣習に基く消費貸借上の請求権、仮に然らずとするも後記特約及び事実たる慣習に基く手形買戻請求債権と、別表第一目録中Cの金七一〇、〇〇〇円の訴外会社の定期預金債権とを相殺し同日付内容証明郵便をもつて通知し、該郵便物は翌二八日訴外会社に到達した。(相殺残額金五三、六九七円七〇銭。)よつて、右合計金二、三六四、〇〇六円六〇銭について相殺は有効であり、原告主張の如く、別表第四目録記載の(一)乃至(七)(別表第二、第三目録記載の手形と手形要件を同じくするものは夫々同一のものである。)の手形金額計金三四七、八三九円三〇銭についてのみ相殺を有効とし、その他の相殺を無効とするいわれはない。被告は相殺の自動債権として

一、消費貸借上の請求権を有したことを主張する。

(1)  手形割引と手形貸付は、法律上純理論的にはその性質を異にするものであるが、実務上は複雑で、手形割引といわれている場合にあつても、種々の特約が付加せられた約定書なるものを入れさせている銀行取引の場合には、実務上の取扱方が手形貸付の場合と類似し、約定書中で手形割引の場合についても消費貸借の成立を明言する場合は勿論、またこのような文言の記載のない約定書が使用されている場合でも消費貸借の成立を認めるべき場合が多く、被告銀行の手形割引取引の場合は約定書又は取引上の慣習よりみて法律上も手形貸付と同視すべきであり、原告の法務省自体も、中小企業庁振興部金融課長に対する回答(乙第六号証)において、金融機関の行う手形割引の解釈について、「約定書により行われた手形裏書の方法による資金融通は、金融機関がこれを手形割引として処理している場合においても、なお、中小企業信用保険法にいう貸付又は借入に該当する」としてこのことを認めており

(2)  (イ)実際に銀行から商業手形の割引をうける者は、手形を銀行に売り、その代金を受取るという考えをもつて取引しているものではなく、銀行から手形裏書即ち割引の方法によつて、資金の融通をうけ、その資金は手形が不渡となるか、或は約定書記載の一定の場合に返済しなければならないものと考えているものであること、(ロ)手形割引の場合銀行は支払人(約束手形の場合は振出人)の信用よりも割引依頼人の信用に重きを置き、銀行が取引を始めるには最初手形割引取引より入るもので、手形割引の方が手形貸付より安全度が高いとみていること、(ハ)割引手形につき不渡がでた場合、銀行は必ず割引依頼人に買戻をなすことを請求しその場合該請求を不渡数日後にした場合でも満期の翌日からの利息を請求していること、数通の割引手形の中一通が不渡となり銀行が買戻をなすことを請求したのにかゝわらず割引依頼人において、これに応じないときは約定書の条項又は銀行取引上の慣習により満期前の他の手形についても期限の利益を失い(期限の利益喪失のみの特約、慣習で、遡及権発生要件を定める特約まで必要としない)銀行は直に割引対価の返還請求ができ(但し未経過期間利息は割引依頼人に返還せねばならぬ)銀行が期限の利益を放棄すればこれと割引依頼人の預金と相殺することができること、又割引依頼人が満期前に自発的に割引手形の買戻を申出たときに銀行はこれに応じ且つ未経過期間分の利息も割引依頼人に返還するという銀行実務の取扱は、いづれも手形割引について銀行が割引依頼人に対し買戻をなすことを請求する以前から既に債権を有していることが前提となつているものであり、この債権は如上の取扱その他から消費貸借上の債権と考えられて最も欠陥なく理解できるものである。

(3)  他方被告はじめ一般銀行においても、実務上手形の割引の場合を手形貸付当座貸越と同様に処理していることは、割引手形稟議書(乙第七号証の一)、貸出稟議書(乙第七号証の二)、貸出稟議書添付の取引経過一覧表(乙第七号証の三)、業況経過一覧表(乙第七号証の四)、貸出金日報(乙第七号証の五)、取引先より差し入れさせる念書(乙第七号証の六)、約定書(乙第一、二号証)、担保差入書(乙第七号証の七)、担保入替書(乙第七号証の八)、担保受戻書(乙第七号証の九)における取扱いからみて明かである。たゞ手形割引は借入人(手形割引依頼人)の所持する第三者振出の手形について行われるに対し、手形貸付は借入人をして手形を振出交付せしめるのであるから、かゝる範囲において書類の様式に多少の差異があるのは当然であり、割引手形稟議書に弁済方法欄のないのも手形支払人(振出人)が手形金額を一時に支払い割引依頼人と銀行との間の債務を決済するのであるから必要ないためで、これらの差異は両者の法律上の取扱を区別させる程度のものでないことは勿論である。

(4)  また銀行の行う手形割引は、金融ブローカーの行う割引の如き、手形と現金の引換が終れば爾後当事者間の関係が事実上絶たれる、危険性大にして割引料も高率なそれと異り、取引先と相互信頼関係があり、その上にたつて継続的、包括的な融資関係が結ばれ、割引料率も低く、取引先の信用が第一で支払人または振出人の信用は第二次的であり、さらに、担保(主として定期預金)の差し入れも一般に行われるところであるから手形割引も手形貸付と類似のものとなるのである。

(5)  されば以上述べた如き特徴を有し、担保が差し入れられ、乙第一号証の如き約定書により且つ銀行取引上の慣習に従つてなされる被告銀行の手形割引は、手形の裏書交付を手段とする金銭消費貸借と解するのが自然であり、被告銀行は手形割引の都度それと同時に割引手形の額面に相当する金額(利息天引)の消費貸借上の債権を取得するのであり、この債権の履行期は手形の満期日と一致するが既に手形割引と同時に被告銀行の旧約定書第二項(乙第一号証)新約定書第二項(乙第二号証)の「私の貴行に対する一切の債務」に含まれたものとなつており、割引依頼人が不渡となつた手形の買戻を怠つた時は、同条項の「拙者の貴行に対する債務中履行を怠りたるものある場合」に該当することとなり、割引依頼人は旧約定書第二、第六項新約定書第二、第八項により他の総ての期日前の割引手形についての消費貸借の債務の期限の利益を失い、同時に割引依頼人の預金其の他一切の銀行に対する債権も期限が到来したことになるから、こゝに右各条項が定めている相殺権発生契約により双方の債権債務は相殺適状となるに至り、銀行はそれを差引計算(相殺)することができるのである。なお消費貸借上の請求権であるから不渡手形につき割引依頼人に対し買戻すことを請求するまでもなく相殺することができるのであるが、被告銀行としては割引手形が不渡となつたときは旧約定書当時は旧約定書第二項及び慣行により、新約定書では同書第三項の定めにより、当該手形の買戻を請求し、それにもかゝわらず割引依頼人が履行しないときに始めて「債務の履行を怠りたる」場合として期日前の割引手形全部についても処理することにしているのであつて消費貸借上の請求権を考えていないということは毫もないのであり、現に割引依頼人が他から差押を受けたりして被告銀行が「債権保全のため必要と認めらる場合」には被告は直ちに新旧約定書第二項によつて処理することがある。

(6)  そこで本件についてこれをみれば訴外会社は被告銀行河原町支店と取引を開始するにあたり、昭和二三年八月一七日付で約定書(旧約定書、乙第一号証)を差し入れており且つ銀行取引上の慣行に従つて取引をしていたが、訴外会社が割引を受けていた別表第四、第五目録の三三通の手形中、別表第四目録の(一)乃至(六)の手形((七)の手形についてはしばらく措く。)は夫々昭和二五年五月一日、五日、一〇日、一五日、二〇日、二二日に不渡となり、被告はその都度訴外会社に対し買戻の請求をしているにかかわらず、訴外会社は買戻をなさずその履行を怠つていたものであるから別表第四の(一)の手形が満期日に不渡となり遅滞なく訴外会社に買戻請求したときより、仮に然らずとするも遅くとも別表第四の(五)の手形につき第六回目の買戻請求をしたときより即ち同月二七日の原告の差押前に右三三通の手形割引の都度同時に発生した消費貸借上の債権のすべてと訴外会社が被告に対して有した総ての預金即ち別表第一のA、B、C欄の各定期預金とは旧約定書第二項の規定及び慣習に基き既に相殺適状にあつたものである。

(7)  果してしからば、原告の差押にかゝわらず、被告はそれ以前に相殺適状にあつた別表第四、第五目録記載の三三通の手形の手形金額と同額の金銭消費貸借上の請求権中金四三、六九七円七〇銭の内入を控除した残額即ち金二、三六四、〇〇六円六〇銭の自働債権と訴外会社の有する別表第一目録の三つの定期預金債権即ち金二、四三〇、〇〇〇円の受働債権とを昭和二五年五月三一日と同二八年六月二七日の二回にわたりその対等額においてなした相殺の有効なることは言を俟たないところである。(なお期日前の相殺による未経過期間の利息(戻割引料)返還は天引利息の返還で訴外会社名義の別段預金に振替えているものである。)

二、仮に消費貸借上の請求権が認められない場合は買戻請求権を有したことを主張する。

(1)  訴外会社は被告銀行河原町支店と取引を開始するにあたり、昭和二三年八月一七日付で差入れた旧約定書(乙第一号証)の第二項に「拙者の貴行に対する債務中履行を怠りたるものある場合は勿論、貴行において債権保全のため必要と認められる場合においては、諸預け金其他貴行に対する拙者の金銭債権は総て拙者の貴行に対する金銭債務悉皆に対し、右債権債務の期限如何に拘らず、又拙者への通知を要せずして差引計算被成下候共異議無之候」とあり、本条項は(イ)、取引先(債務者)が銀行に対する債務中その一つでも履行を怠つた場合や、銀行が自己の債権保全のため必要と認めた場合には、取引先は自己の総債務につき期限の利益を失うと同時に、銀行に対する預金等の総債権は期限が到来したことになるという特約と、(ロ)、これらの場合には双方の債権債務は相殺適状となるから、銀行はいつでも相殺をなしうるが、相殺をなす場合でも、銀行は相殺の意思表示をせずに直ちに取引先の預金と相殺即ち差引計算をなしうるという特約を含んでいるのである。

(2)  訴外会社の差し入れた旧約定書に基くこの特約は、昭和二五年秋頃まで、被告銀行が使用していた形式のものであつて、その後被告銀行が使用している新約定書(乙第二号証、)には前記条項と同趣旨の条項の次なる第三項において、「私が割引を依頼した手形支払人其他の手形関係人で、支払を停止し又は支払を停止する虞があると御認めの場合は、御請求次第買戻致すべく若し私が之に応じない時は手形期日前であつても前項に準じて御取扱になつても異議ないこと」との記載があり、右にいわゆる「其他の手形関係人」とは、割引依頼人即ち裏書人をも含むことは銀行実務上疑を入れず、本条項は、(イ)、割引依頼人(債務者)が割引依頼した手形の支払人(約束手形の振出人)その他の手形関係人(割引依頼人を含む)で支払を停止し、または、停止する虞があるときは、銀行は割引依頼人に割引手形を買戻すことを請求し得るという特約と、(ロ)、割引依頼人が一つの手形につき買戻をしない以上、銀行は手形の期日前でも、割引依頼人の総債務につき前項に準じた取扱をなし得るという特約を含んでいるのであり、実際に銀行は手形期日前においても、割引依頼人たる手形裏書人に支払停止の虞があると認めた場合には、該裏書人に対し支払期日前の買戻をなすことを請求しているものである。

(3)  旧約定書には、新約定書の如き条項は明示されていないが、一般に銀行が制定する約定書類は、簡単な表現による包括的内容の条項からなつているものが多く、特に戦前は旧約定書程度のもので充分間にあつていた。条項の明細化は、終戦後の混乱期に対処するための比較的最近の傾向であるが、これは単に銀行が長年行つてきた取扱方法を明文化したにすぎないものが多く、このことは被告銀行の新約定書第三項についてもいゝ得ることで、被告銀行が長年にわたつて、行つてきた取扱を明文化したのにすぎないのであり、旧約定書に新約定書第三項の如き明文がないからといつて、被告銀行が旧約定書当時において、新約定書第三項のような取扱をしていなかつたことにはならない。却つて、(イ)旧約定書使用当時においては、商業手形割引の場合においても、特別の約定が制定されず、この旧約定書を用いて一定の場合割引依頼人に手形期日前にも割引手形の買戻をなすことを請求し、取引先もそれに応じていた事実、(ロ)、旧約定書第二項中四十一字挿入の「債権保全のため必要と認めた場合云々」の拡張された文言により、割引手形の期日前においても、預金債権と相殺し得ることとなること、これらによつて、割引手形の期日前に割引依頼人に買戻をなすことを請求する権利が予想せられているので、即ち新約定書第三項は旧約定書第二項中に包含されていたものを明確にしたにすぎないものといい得るのである。従つて新約定書によれば明かなことであるが、旧約定書条項によつても「割引依頼人が被告銀行に対する債務中、一つの割引手形の買戻の履行を怠つたときは、割引依頼人は他の総ての割引手形の期日前の買戻を致すべく、被告銀行において、必要とお認めのときは、特約に基き担保として入れられた定期預金債権の期限如何にかゝわらず、この買戻請求権(一つの割引手形が不渡になつたという事実によつて期日前の手形を含め、全割引手形につき発生する金銭付請求権であり具体的な買戻請求権の行使は付遅滞の要件である。なお買戻請求権の金額は手形額面と同一であり、期日後の日数、期日前の日数に応じ割引料と同率の利息が徴収せられ或は返還されるものである。以下被告の主張において同じ)と定期預金債権とを相殺せられて異議はないという特約の存在が認められる。

(4)  仮に、右特約に基く買戻請求権が認められないとしても、取引先が割引を受けた数通の手形のうち、一つの手形につき不渡の事実が発生したときは、たとえ期日前でも、他の数手形について割引銀行は取引先に対し、買戻請求権を取得し、この権利を行使することによつて、現実に割引対価の返還をうけることは、長年にわたる銀行取引の慣行であり、民法第九二条にいわゆる事実たる慣習の効力を有し、銀行取引をなすものはこの慣習に従うべきものである。

(5)  しかうして、右の如き特約が付せられ、或は慣習に基き、前記一の主張(消費貸借上の請求権の主張)において明らかにした如き実務上の取扱がなされる手形割引は、特約或は慣習の存在によつて、単なる売買たる手形割引と異り、手形貸付に類似する法律関係として成立し、されば右の買戻請求権の法律上の性質は、消費貸借類似の特約に基く割引対価返還請求権となるのである。即ち形成権ではなく、期限の定めのない金銭給付請求権で発生と同時に履行期が到来し、相殺に適するものになつている。このことは旧約定書第二項が相殺以前に、既に相殺適状にある債権を有することを予定した規定であることが文言上疑を入れないところからも認められるし、新約定書第三項の「御請求(付遅滞の要件)次第買戻致すべく」との文言からも同様に解せられるのである。なお、手形が不渡となつたときは、所持人たる銀行は、手形上の償還請求権と消費貸借上の請求権及び買戻請求権を併有しているのである。

(6) そこで、訴外会社と被告銀行の間において、原告の差押以前に、訴外会社につき約定書にいわゆる「拙者の貴行に対する債務中履行を怠りたるもの」と認められる債務が存在していたかということであるが、このことは前記一の(6) に述べたとおりであり昭和二五年五月二七日の原告の差押前に被告が割引いた別表第四、第五目録記載の三三通の手形につき金銭給付請求権たる買戻請求権が発生しており、これと別表第一のA、B、C欄三つの定期預金とは既に相殺適状にあつたものであるから、原告の差し押えにかゝわらず、被告銀行はそれ以前に相殺適状にあつた別表第四、第五目録記載三三通の手形の手形金額と同額の手形買戻請求権中金四三、六九七円七〇銭の内入を控除した残額即ち金二、三六四、〇〇六円六〇銭の自働債権と、訴外会社の有する別表第一の三つの定期預金債権即ち金二、四三〇、〇〇〇円の受働債権とを、昭和二五年五月三一日と、同二八年六月二七日の二回にわたり、その対等額においてなした相殺の有効であること勿論である。と述べなお

一、(イ) 原告は昭和二五年五月三一日前記主張の如き相殺をした後、割引手形の一部を各満期日に手形交換所又は支払銀行に呈示し、手形金の支払をうけているが、これは買戻請求権を行使しなかつたためではなく、買戻請求権行使後、更に訴外会社に対する被告銀行の他の債権の弁済をうけるため該手形を留置し、(商法第五二一条)満期に支払を受け、他の債務の弁済に充当したのである。即ち、被告の昭和二五年五月二七日現在における訴外会社に対する割引手形残高は金五、二五〇、二九三円二五銭であつた。その後同年六月五日前に被告の主張した如く訴外会社の定期預金債権一、六二〇、〇〇〇円と被告の買戻請求権(割引対価返還請求権)金一、七〇七、七〇四円三〇銭について相殺をなし、(相殺残額金一二、二九五円七〇銭)該請求権金額に相当するだけ、割引手形残高が減少したが、なお、多額の残額があるので、その後も被告の右相殺の用に供した三〇通の手形を留置し、その中一二通を取立に廻し(甲第一、二、三号証中赤印のもの)、取立金を訴外会社の右債務の弁済に充当させ、また、訴外会社から別途の方法で弁済させ、最後に昭和二八年六月二七日前に主張した如き相殺をなし、被告は全額の弁済を受けたのである。そしてこの際、被告から訴外会社に支払うべき相殺残額が金五三、六九七円七〇銭生じたので、被告は該金額と右相殺残額金一二、二九五円七〇銭の合計金六五、九九三円四〇銭の支払を申し出でる次第である。

(ロ) 右昭和二五年五月三一日の相殺は、手形を返還することなくして行われているが、手形の受戻証券性は手形債務者を二重払の危険から保護するために認められているものであつて、通常の双務契約の同時履行性と異なり、手形を交付せずに、相殺の自動債権となし得るものと解すべきであり、また、本件は約定書に基き相殺権発生契約が認められる場合であるから手形を返還することなく相殺し得ること一層明かであり、まして、本件における被告の自働債権は手形上の権利でなく、特約及び慣習に基く消費貸借上の債権又は特約及び慣習に基く手形外の買戻請求権(割引対価返還請求権)であるから、手形の返還なくしてなした相殺の有効なることは多言を要しない。

二、次に、原告主張の如く、「被告銀行の旧約定書は、すべての銀行取引を目的として、包括的に作成せられたものであつて、本件手形割引契約についても、たまたま右約定書を利用した」ものであるとすれば、手形割引契約について利用した以上、当事者は手形割引の場合にも最も重要条項である第二項をも適用させる意思を有していたものと解さねばならない筈である。然るに本件手形割引契約についても、たまたま、右約定書が利用せられた事実を認めながら、手形割引契約について、旧約定書第二項のみが適用せられないとする態度は論理一貫しない態度である。

三、次に、法務省の回答(乙第六号証)について、原告は、これは単に中小企業信用保険法上の貸付又は借入に関するものであつて、一般に手形割引が手形貸付に該当する趣旨でないと論ずるが、しかしながら、原告の論ずる如く手形割引を単純に売買とのみ考えた場合は、いかに中小企業信用保険法上に関するものであつても、単純明確な売買と貸借の区別が突然消えて、手形割引は同法にいわゆる貸付又は借入に該当するとは解し得ない筈である。却つて、中小企業信用保険法第一、二条の規定、右回答のなされた経緯に思をいたせば、銀行の行う商業手形割引は、約定書等によつて実際上の取扱方が手形貸付と類似しているので、同法にいう貸付又は借入に該当すると解さゞるを得なくなつた事情が明かになるのである。と述べ立証として乙第一乃至第六号証、第七号証の一乃至九、第八乃至第一二号証を提出し、証人坂田喜一、同村田澄夫、同岩田準平、同片岡音吉、同金矢浩一、同三辺正雄、同松平淳、鑑定証人安原半四郎の各証言を援用し甲号各証の成立を認めた。

理由

訴外会社が昭和二五年五月二七日当時国税五、一一七、九八二円を滞納し、同日中京税務署長はこれを徴収するため国税徴収法第二三条の一第一項の規定に基き、訴外会社が被告銀行河原町支店に対して有する別表第一目録記載の定期預金債権全部を差し押え、該債権差押通知書三通が同月二九日同支店に送達された事実、別表第一目録記載の各預金は訴外会社が被告銀行河原町支店より割引をうけた手形取引上の債務その他の共通担保として預け入れられたもので、被告は訴外会社に対し原告の差押後である同月三一日別表第四目録記載の三〇通の被告銀行の所持する約束手形額面金額金一、七〇七、七〇四円三〇銭と同額の債権をもつて別表第一目録中A、B欄の定期預金一、七二〇、〇〇〇円と対当額において相殺するという手続をなし、これが通知は同年六月六日訴外会社に到達し、また、被告は昭和二八年六月二七日別表第五目録記載の三通の被告銀行の所持する約束手形額面中金六五六、三〇二円三〇銭と同額の債権をもつて別表第一目録中C欄の定期預金七一〇、〇〇〇円と対等額において相殺するという手続をなし、これが通知は翌二八日訴外会社に到達した事実、別表第四目録記載の約束手形のうち(一)乃至(六)の手形が昭和二五年五月一日から同月二二日までの間に不渡となり、本件債権差押通知書が被告方に到達するまでには更に同目録中(七)の約束手形も不渡になつていたこと及び被告の右相殺行為中少くとも別表第四目録中の(一)乃至(五)及び(七)の約束手形(別表第二目録記載の約束手形と手形要件を同じうするものは夫々同一のものである。)額面金額金三二五、八三九円三〇銭と同額の債権を自働債権とし別表第一目録中A欄の定期預金を受働債権とする相殺、別表第四目録中(六)の約束手形(別表第三目録記載の約束手形と同一のもの。)の額面金額金二一、〇〇〇円と同額の債権を自働債権とし別表第一目録中B欄の定期預金を受働債権とする相殺がいづれも対等額において有効であること、並びに訴外会社が被告主張の如き旧約定書(乙第一号証)を被告銀行に差入れており、旧約定書には被告が昭和二五年秋頃から使用を始めた新約定書(乙第二号証)の如き買戻約款に関する条項を欠如していることは当事者間に争がない。

一、先づ被告主張の特約又は慣習に基く消費貸借上の債権の存否について按ずる。

(1)、手形割引とは手形金額から満期日までの利息その他の費用即ち割引料を差引いた金額を取得して満期未到来の手形の裏書をなすことを云い、この場合の実質関係は原則として手形の売買と解される。しかしながらこの関係は当事者間の契約条項によつて、或は事実たる慣習あらばそれによつて消費貸借等別異の法律関係を成立せしめ得る性質のものであり、又一般取引においては手形割引と手形貸付を混同し手形割引と称しながらその実手形貸付を意味する場合も往々存在する。

(2)、そこで訴外会社と被告間の手形割引取引の契約条項について考えるに、成立に争いのない乙第一号証、証人野崎政之助、同野崎正三(第一、二回)、同坂田喜一、同村田澄夫、同岩田準平の各証言によるも、銀行の行う手形割引には当然消費貸借を伴うものであるという見解が強調せられるばかりで約定書中手形割引に際し消費貸借が成立することを明言する条項も、消費貸借の成立を前提としてのみ考えうる条項もなく、又約定書外においても消費貸借を成立せしめる契約があつたことについて認めるに足るものなく、却つて約定書(乙第一号証)第五項の手形要件欠缺の場合の特約条項は本件手形割引を売買と観念しての規定とも窺われ、その他全証拠によるも本件手形割引に契約条項によつて消費貸借を成立せしめているものがあることは認めることができない。

(3)、次に約定書と銀行取引についての慣行を綜合して考えてみるに、<イ>、成立に争のない乙第一、第二号証、第九号証乃至第一二号証証人松平淳の証言によるも、三菱銀行、富士銀行、三井銀行、住友(旧名大阪)銀行、第一銀行の如き一流銀行の約定書において、手形割引につき消費貸借の成立を明言するはひとり富士銀行のみであつて他に例なく、しかもこの富士銀行の条項も昭和二六年頃より新規制定されたものであり、三菱、三井、住友、第一各銀行の各約定書を仔細に検討しても消費貸借の成立を前提としてのみ理解し得る条項の存在も認め難く、却つて第一銀行の如きは手形貸付には手形上の債権と消費貸借上の債権の併存を規定しながら手形割引については消費貸借に言及していないことが認められる次第であり、<ロ>、証人野崎正三(第一、二回)、同坂田喜一、同村田澄夫、同岩田準平、同片岡音吉、同金矢浩一、同三辺正雄、同松平淳、鑑定証人安原米四郎の各証言は、銀行においては手形割引も手形貸付も同じく手形を利用した融資方法で、同一係においてこれを取扱い利息計算も同一方法でなしており、銀行が今日の如き営業体制をとり始めた頃より一貫して手形割引という方法によつて融資を行うもので当然消費貸借を伴うものと考え且つ実務の取扱を実行してきたものであるし、このことは手形割引の場合も手形貸付の場合も同一の約定書を使用すること、銀行の貸出金という勘定科目中に貸付金とともに手形割引が入れられていること、日本銀行の公表している勘定においても貸出金という項目中に手形貸付と手形割引を内訳して記載されておることからも或程度裏付けられること、銀行が金融取引を開始するにあたつては先づ商業手形の割引から始め、手形割引の場合には時には数百通という多数の手形を同時に取扱う関係上から必然的に支払人(または振出人)の信用調査は不可能で割引依頼人の信用に重点を置いて取引をなしており、割引手形が不渡になつたときは銀行は手形上の遡及権を行使することは殆んどなく、割引依頼人に手形を買戻すことを請求するが、この場合割引依頼人が銀行に支払うべき金額は買戻請求の日の如何にかかわらず手形金額に満期の翌日から買戻した日までの利息を加算した額であり、数通の割引手形の中一通が不渡になり、他の数通の手形が満期未到来の場合、割引依頼人に信用があるときは不渡手形のみにつき買戻をなすことを請求するが、割引依頼人の信用が不良である時は他の満期前の手形についても買戻の請求をすることができ、割引依頼人が買戻さないときは同人の銀行に対する預金等と相殺すること、又割引依頼人の方から満期前の買戻を申出たときは銀行はこれに応じなければならず未経過期間の利息を割引依頼人に返還する、又割引依頼人も銀行から手形割引によつて金を借りているものと考え右の如き銀行の取扱に対し抗議を申込むことは全然ないことにおいて軌を一にしているが、鑑定証人柿沼幸一郎は契約条項にある場合は論外として、銀行における手形割引に際し消費貸借上の債権が発生する慣習の存在することを否定し、税法上手形貸付と手形割引を別異なものに取扱われることにも触れておる次第であるし、銀行が今日の如き営業体制をとりはじめた頃より一貫して消費貸借を伴うものと考え且つ実務上取扱つてきたということは措信し難く、手形割引に消費貸借が伴うかどうかについて論じられてきたのは比較的近時の事象であり、経済上の面から把握された取扱において同一の融資方法である経済的機能に着眼して同一係で取扱い或は同一科目中に組入処理していることを以て直ちに手形割引の法律的性質も手形貸付と同一であるものと即断することはできず、基本約定書は銀行の行う融資取引の全部について規律するものであるから一個の約定書で数個の種類の取引を規定して何等差支えなく、手形割引は本来の支払人(または振出人)の外に割引依頼人があつて支払を担保し安全度が高いからこれより銀行が取引をはじめることは当然であり、銀行が割引依頼人の信用に重きを置くことは割引手形取引が頻繁多数になされ、手形支払人、振出人等の信用状況を一々調査する暇もない実状から見て当然のことであり、これが事由も一原因となつて手形割引において消費貸借を伴う特約又は買戻約款が附加される勢を助長したことはいえるが、直ちに手形割引に当然の消費貸借を随伴するものとはいえず、割引手形が不渡の場合手形金額に満期翌日以後の利息を加算することは後記認定の如くいわゆる買戻請求権は実質的には手形法上の償還請求権に外ならぬ性質を有するもので、ただ特約により利率が割引料の利率によるものであると解するのがより妥当であり、又前記各証人は数通の割引手形中一通が不渡になつたときにおいてこの不渡事実が存し割引依頼人の信用が不良であつた場合直ちに期日前の手形をも含めて買戻請求ができる点において一致した証言をしているが、被告銀行新約定書第三条富士銀行の約定書(乙第九号証)第一一条第二項、住友銀行の約定書(乙第一一号証)第六条によると、厳密にいえば右証言の趣旨は不渡手形がでた場合該手形の買戻を請求し割引依頼人がこれが買戻をしないとき期日前の割引手形についても買戻請求できるに至るものと解すべき点が窺われる。そもそも被告主張の如く手形割引の場合当然に消費貸借が成立しているものならば期限到来を定めるだけで足り他に何等の条件の成就を必要としないといえるし、又満期前に割引依頼人が割引手形の買戻を申し出たとき銀行がこれに応ずることは手形以外の債権を前提とするようにも考えられるが、後記認定の如く銀行の約定書の規定方法の大勢からみて消費貸借を前提とすると解するよりもむしろ銀行の有する買戻請求権(割引対価返還請求権)に対応する割引依頼人の買戻請求権か乃至は銀行が顧客の便宜のためにする奉仕と解する方がより妥当であり、未だ消費貸借の当然成立を裏付けるに足らず、<ハ>、成立に争のない乙第六号証によれば、法務省が中小企業庁振興部金融課長に対する回答において、金融機関の行う手形割引の解釈について照会書添付の約定書により行われた手形裏書の方法による資金融通は金融機関がこれを手形割引として処理している場合においてもなお中小企業信用保険法にいう「貸付」又は「借入」に該当するといつているが、問題となる照会書自体については立証なく、又この回答の趣旨は手形割引の経済上の機能が手形貸付と類似する金融界の実情に鑑み、中小企業信用保険法の適用については特に手形割引をも同法の貸付に該当するものと解して政府の保険の対象とし、もつて中小企業者の依頼による手形割引を容易にすることが中小企業者に対する事業資金の融通を円滑にすることを目的とする同法の趣旨にかなうというにとゞまり、一般的に手形割引が貸付に該当するものであるというのではないものと解せられ、<ニ>、成立に争のない乙第七号証の一乃至九によるも手形貸付と手形割引の事務処理上の手続は相当類似しているが、手形割引による融資の場合も手形不渡の場合、手形貸付と同様に回収を図らねばならぬ以上自然銀行の取扱が両者同様となることは敢て異とするに足らず、第三者たる手形支払人(または振出人)関係欄の存否の外に割引手形稟議書(乙第七号証の一)に弁済方法欄が設けられていない(之に反し貸出稟議書(乙第七号証の二)には弁済方法欄がある)という面もあつて、消費貸借の成立を否定するまでの処理手続は存しないがさりとて消費貸借の成立を認めざるを得ないという処理手続も存しない。<ホ>、又金融(割引)ブローカーの行う手形割引は売買であるが銀行の行う割引はこれと異るという点については、両者間に前者は顧客との間に継続的に頻繁多数の取引をもたない傾向があり後者はこれを持つのが常態であることにおいて差異のあることは首肯し得るとしても銀行の行う手形割引の性質を消費貸借とする決定的理由と認めるに足らずその他全証拠によるも手形割引の本来の法律上の性質に反し、約定書を差し入れて行われる手形割引につき事実たる慣習上の消費貸借が必ず随伴するものと認めるに足らない。

二、次に被告主張の買戻請求権(割引対価返還請求権)の存否について按ずる。

(1)、特約に基く買戻請求権については成立に争いのない乙第一号証を仔細に検討しても買戻を明言する条項なく、同号証第二項、第六項の規定も買戻請求権を前提としてのみ理解し得るという程のものでなく、証人野崎政之助、同野崎正三(第一、二回)同坂田喜一の各証言によるも、訴外会社の被告との取引において明示的に買戻請求権が特約せられたことを認めるに足らず、その他全証拠によるもこれを認めることができないので特約のみに基いて発生する買戻請求権の存在を肯定することができない。然しながら、

(2)、約定書と手形割引における銀行取引上の慣行を綜合して考えてみるに、<イ>、成立に争いのない乙第一、第二号証、第九乃至一二号証、証人野崎正三(第一、二回)、同坂田喜一、同村田澄夫、同岩田準平、同片岡音吉、同金矢浩一、同三辺正雄、同松平淳、鑑定証人安原米四郎の各証言を綜合すれば、訴外会社が被告に差し入れている旧約定書(乙第一号証)には、第二項に「拙者ノ貴行ニ対スル債務中履行ヲ怠リタルモノアル場合ハ勿論貴行ニ対スル拙者ノ金銭債権ハ総テ拙者ノ貴行ニ対スル金銭債務悉皆ニ対シ右債権債務ノ期限如何ニ拘ラス又拙者ヘノ通知ヲ要セスシテ差引計算被成下候共異議無之候」、第六項に「拙者カ貴行ニ対シテ負担スル総テノ債務ノ中何レノ債務ニテモ其履行ヲ怠リタルトキハ他ノ一切ノ債務ニ付期限ノ利益ヲ失ヒタルモノトセラルルモ異議無之候」という程度の表現の約定がなされているにすぎないが、被告銀行が昭和二五年秋頃より使用している新約定書(乙第二号証)には、旧約定第二、第六項同旨の規定ある外第三項には「私が割引を依頼した手形の支払人其他の手形関係人で支払を停止し又は停止する虞があると御認めの場合には御請求次第買戻致すべく若し私が之に応じない時は手形期日前であつても前項(新約定書第二項を指し旧約定書第二項と同一趣旨である)に準じて御取扱になつても異議ないこと」と記載されるに至つており、富士銀行使用の約定書(乙第九号証)においては、第一一条第一項に被告銀行旧約定書第二、第六項同趣旨の規定ある外同条第二項に「手形割引依頼人(借主)は前項所定の一定の条件該当事実が手形支払人(または振出人)に生じたときは御請求次第買戻をする。若し不履行の場合には手形期日前でも債務不履行の場合に準じ取扱われても異議ない」旨の約定がなされており、住友(旧名大阪)銀行使用の約定書(乙第一一号証)においては、被告銀行旧約定書第二、第六項同趣旨の規定ある外第五、第六条項に「当方が割引を依頼した手形が不渡になつたときは如何なる場合も手形額面に相当する金額を当方で弁償する」「当方が割引を依頼した手形の支払人に支払を停止すべき情況があると貴行で認められたときは同人の振出、引受又は保証した手形は貴行からの請求より当方で直ちに買戻をする」旨の約定を、第一銀行使用の約定書(乙第一二号証)においては、第七条に被告銀行旧約定書第二、第六項類似の条項がある外第二条に「貴行から手形割引を受けた場合、支払人その他の手形関係人が、引受若しくは支払を拒絶したとき、支払を停止したとき、又は支払不能と貴行において認めたときは、法定手続の有無にかゝわらず、又、手形期日前であつても、請求あり次第直ちに手形金額、利息、費用等を償還すること」という約定がなされており、銀行法に基き設立せられた銀行、少くとも被告銀行、及び、富士、三井、住友、第一の各銀行においては、割引手形が不渡になつたときは銀行は必ず遅滞なく割引依頼人に対し該手形を買戻すことを請求し、割引依頼人は直ちに買戻に応じており、この場合割引依頼人が銀行に支払うべき金額は最近においては手形金額に満期日の翌日から買戻の日までの割引料と同利率の利息を加えたものであり、銀行においては手形法上の遡及権は割引依頼人が前者への遡及のために遡及権の行使を銀行に依頼した場合のような例外の場合以外は行使しておらず、数通の割引手形の中、一通が不渡になり他の数通の手形が満期前の場合、割引依頼人に信用があるときは不渡手形についてのみ買戻の請求をするが、割引依頼人に信用がないときは、他の期日前の手形全部についても買戻請求をすることができるものとしている事実(前記各証人等は単に割引依頼人の信用良好の場合は当該手形についてのみ、同人の信用不良の場合は他の期日前の手形についても買戻請求する、但し他の期日前手形が有力な大会社の振出手形(支払手形)で絶対確実なものであれば別の処置をとることもある旨述べているが、満期前買戻請求について単に不渡手形あるのみで足るか或は割引依頼人が不渡手形の買戻に応じないことを要するかについては後に詳述する)及び被告銀行においてはかかる満期日前買戻請求権行使の実例が被告銀行員岩田準平の知るものだけでも昭和二五年八月頃から同二九年二月頃までの間に前例存している事実があり、而してこの場合の買戻金額は手形金額と同一と観念し、未経過期間分の利息(割引料)は銀行から割引依頼人に返還するという取扱であり、又期日前の手形につき割引依頼人の方から買戻請求をなした場合は銀行は原則としてこれに応じており、この場合も最近は未経過期間分につき割引料と同利率による金額の返還を割引依頼人に対しなしていること、割引依頼人が不渡手形を買戻した場合は同人の承諾を得て留置しない限り銀行は免責裏書等をして手形を返還していることが認められ、他方割引依頼人においてもこれが取扱につき不審なく現実に了承し、訴外会社においてもこの銀行実務上の取扱に格別の疑義を挟むこともなく取引をしていたことが認められ、これらの取扱は約定と慣行の相互影響の間に形成されてきたものであると理解される。而して右買戻請求権の法律的性質は手形上の厳格な満期前遡及要件欠缺の場合を救い、手形割引における依頼人信用重視の要請に応じ法定の満期前遡及以外に満期前の権利行使を可能にし、法定利息の制限を離れて割引料利率を以て一率に規律せんとする諸要請から生れた点、買戻請求時期の如何にかゝわらず満期日の翌日から約定利息が発生する取扱である点、手形割引の解除の如き構成をとつていない点等から考えても、買戻という用語が形成権を思わせる嫌があるが、その実体は形成権でなく手形法上の遡及権と同様の請求権と解せられる。而して右は銀行と顧客との間に事実たる慣習として広く行われて来たものであり本件当事者間においてもこの慣習による意思があつたものと推認するのが相当である。<ロ>そこで更に訴外会社と被告銀行との間におけるいわゆる買戻請求権を検討するに、成立に争のない乙第一、第二、第八号証、証人野崎正三(第一、二回)、同坂田喜一、同村田澄夫、同岩田準平の各証言及び前段認定の結果を綜合すれば、新約定書(乙第二号証)の未だ使用されていなかつた時期における訴外会社と被告銀行の手形割引取引においても、訴外会社の割引依頼手形が不渡になつたときは、被告は訴外会社に対し直ちに電話又は口頭で買戻すことを、訴外会社が手形交換所において取引停止処分を受けた昭和二五年六月一六日以前は必ず請求しており、訴外会社はこれに対し小切手或は現金をもつて手形金額に満期翌日以後の利息を付加して買戻してきており、又被告銀行の旧約定書使用当時と新約定書使用当時の取扱の間に格別の差異も存せず旧約定書時代より期日前買戻の請求も行われており新約定書第三項の規定は重大な規定であるが、この規定内容は既に被告銀行の慣行として確立されていたものを明らかにしたものに過ぎないものと認められる。されば訴外会社依頼の割引手形のうち一通が不渡となり被告がこの買戻を請求した場合において、若し訴外会社がこれを買戻さなかつたときは他の期日前の割引手形も買戻を請求される対象になり、不渡手形の買戻請求権と期日前手形の買戻請求権の法律的性質について別異に考える特別の必要もないので、その性質は割引依頼人(訴外会社)が不渡手形の買戻請求を受けながら買戻をなさずに指定期間を徒過することにより指定期日なきときは取引通念上相当と認められる期間を徒過し、或は買戻さない旨の意思を表示したときに発生する満期前の遡及権と同様の請求権と解されるから、満期前の割引手形につき成立する買戻請求権は右発生時より旧約定書(乙第一号証)第二項にいう「拙者の貴行に対する金銭債務悉皆」中に含まれるものとなり、この請求権の金額は不渡手形については手形金額に割引率による利息を付加したもの、期日前の手形については手形金額から割引率による未経過期間割引料を減じたものと解され、他に右認定を覆えすに足る証拠がない。

(3)、而して証人野崎正三(第一、二回)、同坂田喜一の各証言によれば、別表第四目録記載中の(一)乃至(六)の約束手形につき夫々昭和二五年五月一日、五日、一〇日、一五日、二〇日、二二日或はその各直後頃被告銀行がこれらの手形の買戻請求をなしたこと及び訴外会社はこれが買戻をしなかつたことが認められ他にこれが認定を覆えすに足る証拠がなく、同月二九日は右各買戻請求の日より取引通念上の買戻期間経過後の日であると解せられるので原告主張の債権差押通知書三通が被告方に到達した昭和二五年五月二九日においては既に被告は別表第四、第五目録記載の三三通の約束手形につき買戻請求権を有していたものといわなければならない。

三、次に被告のなした相殺の効力について按ずる。

(1)、成立に争ない乙第一号証第二項によれば、「拙者ノ貴行ニ対スル債務中履行ヲ怠リタルモノアル場合……拙者ノ金銭債権ハ総テ拙者ノ貴行ニ対スル金銭債務悉皆ニ対シ右債権債務ノ期限如何ニ拘ラス又拙者ヘノ通知ヲ要セスシテ差引計算被成下候共異議無之候」とあり、これは相殺予約を規定したものと解されるから、相殺予約における相殺権の発生要件、時期等は民法上の相殺に必ずしも依拠制限さるべきものでなく契約自体によつて独自の判断をなすべきものであるが、右第一号証によれば相殺適状の発生は弁済期の如何にかかわらず取引先に生じた債務不履行の如き不信行為の発生事実を重視して「拙者ノ貴行ニ対スル債務中履行ヲ怠リタルモノアル場合」(「貴行ニ於テ債権保全ノ為メ必要ト認メラルル場合」については判断を省略する)にかからしめているから、この事実発生のとき訴外会社の総債権債務の相殺適状が発生するものといわなければならない。たゞ被告が相殺を行うには形成権行使の一般原則に従つて意思表示によるべきものと解せられ、右第一号証には「拙者ヘノ通知ヲ要セスシテ……」とあるが、意思表示又はこれに代るべき何等の表象なくして一方当事者の内心において任意に法律関係を変動させ得るものとすることは相手方の地位を不当に不安定にし、当事者間の衡平を失するばかりでなく、第三者が当事者間の法律関係を前提として法律行為をしようとする場合にもその立場を不安定なものとして法律生活の安定を害することが著しいからこの意思表示も通知も不要とする特約部分は効力がなく、少くとも第三者に対する関係においてはこの特約部分の効力を主張する余地はないものといわなければならない。従つて、訴外会社と被告間の相殺の効力は前記二認定の如く原告の債権差押通知書が被告方に到達した昭和二五年五月二九日以前既に訴外会社の被告に対する割引依頼手形中の不渡手形につき買戻請求を受けながらこれが買戻をなさず、よつて債務中履行を怠りたるものあり、且つ、期日前の全割引手形についても買戻請求権(対価返還請求権)が発生し訴外会社の被告に対する金銭債務となつているので、被告と訴外会社の昭和二五年五月二九日における総債権債務即ち別表第四、第五目録記載の三三通の約束手形の買戻請求権と別表第一目録記載の各定期預金につき相殺適状が生じており、訴外会社に対し成立に争のない乙第三、第四号証の各通知書が各送達された以上この各通知書を以て相殺意思表示を包含する意思の表示があり相殺の効果が発生するものと一応考えられるが如くである。

(2)、然るに被告がなした別表第四、第五目録各記載の三三通の約束手形中昭和二五年五月三一日付相殺にかかる三〇通についてはいずれも手形を返還交付することなくして相殺手続がなされたことは被告の自認するところであり、また昭和二八年六月二七日付相殺にかかる三通については成立に争のない甲第三号証乙第四号証、証人松田勲、同坂田喜一の各証言によれば同じく手形を返還交付せずして相殺手続がなされていることが認められるところ、<イ>証人野崎正三(第一、二回)同坂田喜一、同村田澄夫、同岩田準平、同片岡音吉、同金矢浩一、同三辺正雄、同松平淳の各証言によれば、銀行は割引依頼人が不渡手形を買戻した場合には免責裏書、期限後裏書、裏書抹消等をなして手形を割引依頼人に返還する。たゞ例外的には他になお債権があり割引依頼人の信用が不良のときは買戻された手形を留置して手形の満期日に取立て銀行はこれを以て割引依頼人の他の債務の決済にあてるが、この場合銀行は割引依頼人の承諾を得て留置する取扱をなしていることが認められ、鑑定証人安原米四郎の割引依頼人の承諾の有無にかゝわらず留置できる趣旨の供述は意見にすぎぬものと解せられ、他に右認定を覆えすに足る証拠なくその他全証拠によるも割引依頼人の承諾の有無にかゝわらず、相殺に供した手形をなお留置する慣習が確立していることは認めることができない。<ロ>、被告は右三三通の約束手形を買戻請求権行使後も返還しないのは訴外会社はなお多額の被告に対する債務を有したのでこれが弁済をうけるため商事留置権を行使したものであると主張するが、商事留置権の要件はその物に関して生じた債権であることを要しない反面、その物又は有価証券の占有取得原因が商行為であること、債務者所有の物であることなど民法上の留置権より狭く規定されている。而して手形割引によつて手形所有権は割引依頼人より銀行に移り且つ銀行はこれを占有し、相殺によつて約束手形は再び割引依頼人の所有に返るのであるが、留置権の性質上他人の所有でありながら自己に占有が取得されたという関係が必要で、たゞ債務者との商行為によつて占有が取得され、占有取得の際債権者所有のものとなされたが、何等かの原因により現に債務者所有のものであるというような場合は留置権の要件がないものと解され、又相殺に際し割引依頼人の所有に帰すると同時に被告銀行に新占有が開始されるとすればこの占有取得原因は商行為といい難いのみならずそもそも割引手形が銀行の所有から割引依頼人に復帰するのは相殺を有効と解して始めて可能であり相殺が無効ならば手形は依然銀行のものである。本件で被告銀行のなした相殺は無効であること後に説明する通りでありこれを留置するが如きことは考えられないから商事留置権の主張は認め難く<ハ>抑々手形は受戻証券であつて手形債権を自働債権として民法上の相殺をなすには、訴訟上の防禦方法としてなす場合或は相殺あるもなお手形債権の一部が残存するような場合又は手形につき留置権ある場合を除き手形を相手方に呈示し交付することを必要とし又相殺後なお手形債権の一部が残存する場合及び留置権行使の場合でも呈示のみは必要と解せられる。成程民法上の相殺と異る相殺契約の場合においては、手形債務者において相手方が手形債務者であることを認め、当該手形債権と相手方に対する金銭債権とその対等額において消滅せしめることを合意するものであるという性質を普通滞有することを重視して当事者間において手形授受を要せずして相殺の効力を認めても弊害が少いように一応考えられるが、かゝる相手方が手形債権者であることを認め当該手形債権と相手方に対する金銭債務を対等額において相殺するという性質が充分に認められるのは、特定の手形についての相殺又は精算的相殺(いずれも直に対立する両債権が消滅してしまう趣旨の合意)の場合のみであるので手形授受を要しないで相殺の効力を生じさせる場合はこの範囲に限定すべく、将来に対する不特定多数の手形につき与信的に相殺予約をなしその予約に基き一方的に相殺する場合にも手形授受を要しないで相殺をなしうるとすることは債務者の二重払の危険がありこれを認めることができない。蓋し若しかようなことを許すとすると、銀行においてはある手形債権を以て預金と相殺して置きながらこれを返還せず期日に支払人(または振出人)より支払を受ける。この関係は自己が正当の所持人でないのに所持人らしく振舞つて支払を受けるものであるか又は割引依頼人の権利を代理行使すると考えるかの外はないのであるが、商事留置権の認められぬこと前示の通りである限り、当事者間に何らかこの関係についての特約あれば格別かかる特約を認めるに足る証拠のない本件でかかる銀行の恣意的行為は到底許されぬものと解するの外はない。尤も本件に於ける相殺の自働債権はいわゆる買戻請求権であることは前に説明した通りであるけれども、この権利の性質は満期前遡及の要件を緩和した手形償還請求権と同様のものであることは既に縷述した通りであるからこれを自働債権として相殺する場合でも純然たる手形債権で相殺する場合と同様債務者が他日悪意又は重大なる過失なくして手形を取得した第三者から手形金を請求される危険があることに変りなく手形の授受なくして相殺することができないものと解釈される。<ニ>されば相殺に当り手形の交付のないことは勿論、弁論の全趣旨より手形の呈示もなかつたことが認められる本件において、被告がなした手形金額全額についての相殺行為は訴訟上の防禦方法としての相殺の意思表示その他の主張のない本件においては原被告間に争ある部分についてはその効力なきものといわざるを得ない。

四、されば以上判断の如く被告の抗弁事実はいずれもその理由がなく、原告が訴外会社に代位して別表第一目録A欄の定期預金残金六九四、一六〇円七〇銭については昭和二五年六月二日以降又同目録B欄の定期預金残額六七八、〇〇〇円及びC欄の定期預金七一〇、〇〇〇円について同年八月七日以降被告に支払を請求したこと、右各定期預金の約定利息が日歩五厘であることは当事者間に争がないから、原告が被告に対しA欄の定期預金残額金六九四、一六〇円及びこれに対する差押通知書送達の翌日である昭和二五年五月三〇日より支払請求の日である同年六月二日までは日歩五厘の約定利息、支払請求日の翌日である同月三日からその支払済に至るまでは商法所定の年六分の割合による遅延損害金を、又B欄の預金残額金六七八、〇〇〇円及びC欄の預金七一〇、〇〇〇円並びにこれに対する支払期日の翌日である同月二一日より支払請求日である同年八月七日までは日歩五厘の約定利息、支払請求日の翌日である同月八日からその支払済に至るまでは商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める請求はその理由があり被告は原告に対して右各金員を支払うべき義務があるから原告の請求は全部相当としてこれを認め、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宅間達彦 坪倉一郎 吉田治正)

別表第一目録

差押債権の表示

区分

預入年月日

預金の種類

証書番号

預金名義人

預金額

満期日

昭和二四、一〇、三一

第二回日之出

定期預金

二五組

一一二、三二〇-一一三、三三九

無記名

一〇二万円

昭和

二五、四、三〇

〃 二四、一二、二〇

第三回日之出

定期預金

七組

一〇一、五〇〇-一〇二、一九九

山本信雄

七〇万円

二五、六、二〇

〃 二四、一二、二〇

第三回日之出

定期預金

二組

二〇〇、八〇七-二〇一、五一六

訴外会社

七一万円

二五、六、二〇

別表第二目録

A欄の定期預金と相殺した約束手形債権の表示

振出人

振出日

支払期日

手形金額

被告銀行取引年月日

被告銀行取引番号

(一)大越電業株式会社

昭和二五、二、一八

昭和二五、五、一

五〇、九六〇円

昭和二五、二、二一

一一〇七

(四)奥田電機工業株式会社

〃 二五、三、二〇

〃 二五、五、二〇

一二五、〇〇〇

〃 二五、三、二七

一三九〇

(五)飯田電機工業所

〃 二五、三、二二

〃 二五、五、二二

三、九八七、九三〇

〃 二五、三、二七

一三九六

(二)株式会社鴨川商店

〃 二五、三、一七

〃 二五、五、五

五〇、〇〇〇

〃 二五、三、二〇

一三三四

(三)同右

同右

〃 二五、五、一五

五〇、〇〇〇

〃 二五、三、二〇

一三三五

(七)長崎屋一市

〃 二五、四、一五

〃 二五、五、二八

一〇、〇〇〇

〃 二五、四、二四

三二五、八三九、三〇

別表第三目録

B欄の定期預金と相殺した約束手形債権の表示

振出人

振出日

支払期日

手形金額

被告銀行取引年月日

被告銀行取引番号

(六)明視堂電器部

二五、二、一二

二五、五、一〇

二二、〇〇〇

二五、三、二二

一三四〇

別表第四目録

昭和二五年六月六日に金一、〇二〇、〇〇〇円及び金七〇〇、〇〇〇円の定期預金と相殺した金員及びこれと併存した約束手形

振出人

金額

振出日

支払場所

支払地

満期日

取引日

相殺金額

(一)大越電業

五〇、九六〇

二五、二、一八

北陸銀行一番町支店

富山市

二五、五、一

二五、二、二一

いづれも手形額面金額に同じ

(二)鴨川商店

五〇、〇〇〇

三、一七

佐世保親和銀行

佐世保市

五、五

三、三〇

(三)同

五、一五

(四)奥田電機

一二五、〇〇〇

三、二〇

三和銀行上本町支店

大阪市

五、二〇

三、二七

(五)飯田電気工業

三九、八七九、三〇

三、二二

帝国銀行京都支店

京都市

五、二二

(六)明視堂電気部

二二、〇〇〇

三、二一

大阪銀行鹿児島支店

鹿児島市

五、一〇

三、二二

真下乾電池

四七、七〇〇

三、二二

丹和銀行新町支店

福知山市

五、三一

三、二七

飯田電機工業

四〇、〇〇〇

三、一五

帝国銀行京都支店

京都市

六、一

小林商店

五〇、〇〇〇

四、二

肥後銀行八代支店

八代市

五、二〇

四、六

奥田電機

六五、〇〇〇

四、五

三和銀行上本町支店

大阪市

六、三〇

一五〇、〇〇〇

六、一〇

四、一一

吉本政輝

一五、〇〇〇

三、三〇

佐賀興業銀行多久支店

北多久町

五、三〇

四、一九

衛藤義六

一九、〇〇〇

大分合同銀行

大分市

五、二〇

長崎屋一市

一〇、〇〇〇

四、一五

十八銀行平戸支店

平戸町

五、一三

四、二〇

奥田電機

三二五、〇〇〇

三和銀行上本町支店

大阪市

六、一八

四、二七

山城電機

五〇、〇〇〇

三、三一

大阪銀行西条支店

京都市

六、三〇

三、三一

桑野安二

五〇、〇〇〇

三、三〇

佐賀中央銀行唐津支店

唐津市

五、二五

四、三

バーソン商店

三〇、〇〇〇

四、一

富士銀行熊本支店

熊本市

六、三〇

四、六

野田屋電機

三三、一六五

四、八

百十四銀行本店

高松市

四、一四

京都府プレス

七五、〇〇〇

四、一五

帝国銀行京都支店

京都市

六、二〇

別表第五

昭和二八年六月二八日に金七一〇、〇〇〇円の定期預金と相殺した金員及びこれと併存した約束手形

振出人

金額

振出日

支払場所

支払地

満期日

取引日

相殺金額

坂本電機

三〇〇、〇〇〇

二五、四、一

大阪銀行湊川支店

神戸市

二五、六、二〇

二五、四、一九

いづれも手形額面金額と同じ

高桑商店

二五〇、〇〇〇

三、三一

北陸銀行安江町支店

金沢市

七、一

四、一二

一五〇、〇〇〇

四、一五

七、六

四、二七

一〇〇、〇〇〇

六、一五

四、一七

金属製作所

一〇〇、〇〇〇

三和銀行京都支店

六、一四

入江三郎

二〇、〇〇〇

十八銀行諫早支店

諫早市

五、三〇

四、一九

三〇、〇〇〇

六、三〇

四、二四

(七)長崎屋一市

一〇、〇〇〇

親和銀行平戸支店

平戸町

五、二八

六、二七

七、一〇

四、二六

六、二〇

六、二四

奥田電機

六〇、〇〇〇

四、二五

三和銀行上本町支店

大阪市

七、一〇

四、二六

五、一

七、二

五、一

一、七〇七、七〇四、三〇

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